ムネオの日記

ムネオの最新情報

ムネオの歩み

2012年7月

2012年7月31日(火)

 連日オリンピックの話題になるが、女子柔道57キロ級、松本薫選手の金メダル獲得に日本中がホッとしたことだろう。
 48キロ級の福見友子選手、52キロ級の中村美里選手の分まで頑張ったと勝利インタビューで答える松本選手に友情・感謝、様々な思いが入っていたと思う。
 何よりも試合に挑む松本選手の厳しい形相に、私はこれは負けない、これならば勝てると信じたものである。
 勝負には気合が必要である。松本選手の気迫がテレビを通じても伝わって来て楽しく、かつ安心して試合を見ることが出来た。松本選手が日本選手活躍のムードメーカーになる事だろう。
 金メダルが期待された男子体操はまさかの銀メダルである。金メダル確実と言われてても、アクシデント・ミス、見に見えない魔物と言うべきものが出てくるのがオリンピックだとつくづく感じた。銀メダルを取った事は凄い事だが、金メダルの期待が大きかっただけに各選手のコメントも控え目であった。
 オリンピック競技もまだ4日目で、これから更に熱が入ってくる。明るいニュースが沢山入ってくる事を祈ってやまない。
 14時から草月会館ホールで松山千春さんの足寄よりの舞台「旅立ち」を見に行く。
 千春さん役の三浦裕太郎さんが爽やかに、若かりしりころの千春を演じており良かった。デビュー35周年の松山千春さんにふさわしい舞台に私も松山さんとの出会い、巡り合せ、ご縁に感謝するものである。
 8月4日、地元十勝での野外コンサートが今から楽しみだ。

鈴木宗男

2012年7月30日(月)

 ロンドンオリンピックが始まり、日本選手の活躍を見ようと、ついつい夜更かし気味になる。
 勝負の世界のみならず、人生にも勝者、敗者はついてまわるが、4年に一度のオリンピックでの勝ち負けには、悲喜(ひき)交々(こもごも)のドラマがある。
 金メダルが期待された女子柔道48キロ級の福見友子選手、52キロ級の中村美里選手の敗れた後のインタビューを聞きながら、悔しさを通り越す何とも言えない想いが伝わってきた。涙を必死にこらえながら、一言(ひとこと)一言(ひとこと)噛みしめるように答える福見、中村両選手を見ながら、こちらが涙が出てくる。
 敗れても凛とした日本代表のこの二人の姿を見ながら、いつかこの二人に思い切り嬉し涙を流させてやりたいとつくづく思った。いや、その日が必ず来ることを祈ってやまない。
 勝利の女神は、時には非情な判断をするものだと思いながら、人生には自分の思い通りにいかないものであると、私自身をも振り返りながら、日本選手を応援して参りたい。
 鳥取県から島根県の世界文化遺産石見銀山を視察。熟練されたガイドさんの歴史的経緯等説明を受け、また、地域の皆さんが世界遺産を守る為に最善を尽くしておられる事に頭の下がる思いだった。
 石見銀山はもう掘られていないが、世界遺産登録の決め手になったのが、自然景観と当時の街並みが残っていたと知らされ、尚、地域の人の果たした役割は重いと感じた。
 今年は出来るだけ、世界自然・文化遺産を見て「日本」を考えていきたいと思う。
 新党大地の理念は「大地に還り、大地に学ぶ」であるから。






鈴木宗男

2012年7月29日(日)

 「大津市立中学校のいじめ」による自殺問題が9ヶ月も経ってから、大きな社会問題になっているが、今頃になって大津市長、教育委員会が被害者側に謝る姿を見て、腹立たしさを禁じ得ない。
 何故早くに、人としての対応を市、教育委員会はしなかったか。加害者の親は、何故自分の子供が行ったことを、きちんと認識しないのか。いろいろ考えると腹立たしさから怒りになってくる。
 命は尊く、重いものである。それぞれの立場の人が役割、責任を果たしていれば防げたと想う時、何とも切なくなる。誰よりも亡くなったご本人が一番無念である事を忘れてはならない。
 「いじめ」は、大なり小なりある。「ほどほど」という言葉があるが、私達の頃は、自制心があった。これ以上しては危ない、ここまでが限度だとそれなりの判断をしたものである。
 今は、とことんまで行ってしまう。ここに不幸がある。
 いじめにあっている人、いじめられている人に言いたい。家族に話しなさい。なんでもうちあけなさい。勿論、先生にはっきり言いなさい。
 黙って一人で悩んでいても解決しない。すべてを思い切り表に出す事である。そして、辛い時、苦しい時、次のフレーズを口ずさんで欲しい。
 「生きる事が辛いとか、苦しいだとか言う前に、野に育つ花ならば、力の限り生きてやれ」「いつの日か幸せを自分の腕でつかむまで」
 このフレーズを何回も繰り返していけば、生きる勇気、頑張る気持ちが芽生えてくると思うのだが。
 人生、子供の時でも大人になっても「いじめ」というべき試練はついて回ると私は思う。それを乗り越えて明日がある。
 天国と地獄を経験した私は、どんなにいじめられても前向きに生きてきた。「生きる事が辛いとか、苦しいだとか言う前に、野に育つ花ならば力の限り生きてやれ」といじめにあっている人に言いたい。一緒にこのフレーズを口ずさもうじゃないか。一人で悩まないで、まわりの人に相談して。
 「生きていればいい事がある」「生きていれば逆転もある」と私はいつも思っている。
 昨夜、第40回隠岐古典相撲大会に出席し、挨拶の機会を得る。私が後援会長を務める八角部屋が、地元出身隠岐の海関のご縁で合宿をしており、丁度激励をかねての隠岐の島訪問であった。島を町をあげて古典相撲の文化、伝統を守ろうとする姿に感銘した。
 こうした積み重ねが歴史になっていくと思う時、地方に学ぶべき点が大いにあるとつくづく思った。隠岐の島の松田町長さんはじめ、町民の皆さんに心から敬意を表するものである。
 午後の便で出雲に出て、出雲大社をお参りする。厳粛なたたずまいに身が引き締まる。17時から鳥取後援会会合。3年ぶりなので、皆さん喜んで下さる。長い人間関係に改めて感謝するものである。





鈴木宗男

2012年7月28日(土)

 自民党は衆議院選挙における一票の格差を是正するため福井・山梨・徳島・高知・佐賀各県で現在の3選挙区を2にする「0増5減」法案を衆議院に提出している。
 これもその場しのぎの短絡的判断である。国民は国会議員の大幅な削減を求めている。2010年の国勢調査を踏まえ、なぜ大胆な削減をしないのか。
 日本の倍の人口をもつアメリカで日本の衆議院議員にあたる下院議員は435人で、日本より45人少ないのだ。
 新党大地は300の小選挙区を200にする100人削減を主張している。国民に新たな負担をさせる消費増税を強行しながら、自民党初め大政党は自ら身を削り、血を流す、目に見えた形になった姿を示さないのはどう言う事か。これでは国民は納得しない。
 小なりと言え、(おおやけ)の政党である新党大地は毅然と大幅な定数削減を訴えて行く。読者の皆さんも是非とも応援、支持して戴きたい。
 いよいよロンドンオリンピックが始まった。熱い、暑い8月12日までの17日間になる事だろう。日本選手の活躍を祈念したい。
 「何個メダルを取るか」と話題になるが、メダルは取った方が良いしそれもゴールドにこした事はない。それ以上に国家と自分の栄光、名誉の為ベスト、全力を尽くす姿と感動を与えるプレーをしてくれれば良いのである。名場面を期待したいものだ。
 昼過ぎの便で、大阪から島根県隠岐の島に向かう予定だったが、機材故障で2時半遅れでの到着となる。役場の方の出迎えを受け、竹島に関する要請を受ける。竹島を抱える隠岐の島町並びに町民の声を受け止めしっかり対応して参りたい。
 自民党政権時代から十分、竹島問題に取り組んで来なかったツケが今、重くのしかかっている。政治がなかったとつくづく思う時、隠岐の島の町民に申し訳ない気持ちで一杯だ。
 新党大地代表として私は北方領土と竹島は日本の国家主権に係る問題なので、誰よりも、どの政党よりも情熱を持って取り組んで行く決意である。

鈴木宗男

2012年7月27日(金)

 昨夜、京都に入り横峯良郎参議院議員主催の会合に出席。京都にも沢山の横峯シンパがおられる事を実感し、ご出席の皆様に心からのお礼を申し上げる。私がお世話になっている旧知の経済人も何人かおり、ご縁、人間関係の有難さに感謝したい。
 午前中、天台宗総本山、比叡山延暦寺、飯室不動堂に酒井雄哉大阿闍梨さんを訪ねる。
 私が収監中、家内の下に「(ぎょう)」と言う色紙を送って戴き「人生何一つ無駄な事はない」と書かれていた。
 酒井大阿闍梨さんの励まし、言葉の重みに心からの感謝を申し上げる。大阿闍梨さんから北方領土の話も出て昨日、野田総理、玄葉外相と話をした事など伝える。「鈴木さんがやっていた通り進めていたらとっくに解決していた」と大阿闍梨さんから言われて何となくホッとする。
 酒井大阿闍梨さんからの評価を胸に刻んでこれからも生きて参りたい。
 千日回峰行を二度満行し現代の生き仏と呼ばれる酒井大阿闍梨さんに7年振りにお会いし、目に見えぬ大きな力を戴いた思いである。「一日一生」と言う大阿闍梨さんの言葉を大事にして行きたい。
 14時から京都クラウンプロアマ大会表彰式に出席。暑さの中参加者はしっかり汗を流しプレーを楽しんだことだろう。
 横峯参議院議員が月1回各地でゴルフ大会を開いているが、地域活性化とゴルフ振興に大きな役割を果たしているとつくづく感じた次第である。

鈴木宗男

2012年7月26日(木)

 自民党と民主党が参議院の定数問題で、4増4減で合意したと報道されている。
 国民に消費税率アップを押し付けながら自分達、国会議員はヌクヌクと身を削らず血も流さない、これでは国民は承知しない。
 その場しのぎの政治に国民は来たるべき選挙、厳しい判断をすることだろう。
 新党大地は、参議院は人口100万人で1人、1億2800万人の日本なので定数は128人とし、114人削減をこれからも訴えて行く。日本の人口倍のアメリカで日本の参議院議員にあたる上院議員は100人、日本の半分以下である。
 12時半、玄葉外相が新党大地党本部に明日からのロシア訪問に向け挨拶に来てくれた。
 24日行ったイシャーエフ大臣との会談内容を説明した。少しでも外相会談の役に立てれば幸いである。
 日露関係の進展、重要性については玄葉外相の認識と一致しているので何も問題はない。ソチでの会談に期待したい。
 16時過ぎから野田総理に、イシャーエフ大臣との会談を報告する。外交において一寸とした過去の出来事、あるいは文化・スポーツ、さり気ない言い回しの中で琴線に触れることがある。
 総理と話をしながら野田総理はなかなか「胆力」のある人だと感じた。APEC迄に新しい日露関係のレールが敷かれる事を願ってやまない。

鈴木宗男

2012年7月25日(水)

 昨日、イシャエフ極東連邦管区ロシア大統領全権代表・極東開発大臣と会談した際、私は1906年から11年まで、帝政ロシアの首相を務めたストルイピンの話をした。

 「ストルイピンは、『ロシアの力はシベリア、極東にある。そこに人を住まわせることである』と百年前に言っていたが、今まさにこの言葉が活きている。プーチン大統領はこのストルイピンの話を実行しようとしてイシャエフ大臣を任命したと私は考えている」

と私から話すと、イシャエフ大臣は頷いておられた。プーチン大統領はストルイピンを尊敬していると私は思っている。
 ちなみにストルイピンの時代は、日本との関係は良好であった。
 イシャエフ大臣は、

 「鈴木さんがいかなる立場にいても、友情、信頼関係は変わらない。いつ、どこでも、鈴木さんとは会う用意がある」

と言って下さった。
 人間関係は洋の東西を問わず大事であるとしみじみ感じた。
 明日14時から東京大地塾7月例会があるので、イシャエフ大臣との会談についてはそこでゆっくりお伝えしたい。
 午前中ハバロフスクの日本領事館に挨拶に伺う。その後日本人墓地をお参りし、ハバロフスクを後にした。
 12年ぶりのハバロフスクは、気持ちの良い、爽やかで温かい場所だった。

高橋総領事と

〔高橋総領事と〕



日本人墓地で①

〔日本人墓地で①〕



鈴木宗男

2012年7月24日(火)

 18時(日本時間16時)から、極東連邦管区ロシア大統領全権代表部でイシャエフ全権代表・極東開発大臣と一時間会談。その後夕食をしながら一時間半懇談する。
 イシャエフ大臣とは20年来の旧知の関係で、私が大変だった時期にも心配してくれた人である。2010年4月、私が外務委員長だった時にも訪ねてくれ、2年ぶりの再会である。
 会談の中で私から、
 「APECの成功に向けて、日本は出来る限りの協力をすることを考えている。アジア、太平洋地域におけるロシアの重要性は増しており、世界政治の中におけるロシアは重要なプレイヤーだ。そのロシアと日本が協力、信頼関係を深めることは、世界に貢献するものである。これまでも私なりに日ロ関係の発展に寄与してきたが、これからも私の与えられた立場で尽力していきたい」
 と話す。
 イシャエフ大臣から、
 「熟練した政治家である鈴木氏の訪問を歓迎する。日ロ両国は仲良くしなければならない。APEC準備は順調に進んでいる。大統領から指示され、現場を見てきた。APECは極東ロシアの将来に活かす大きな意味がある。極東における外国の投資は少ない。日本も同様だ。石油ガスの開発加工、海洋資源の確保に、その高い技術力を生かした日本の協力、参入を期待したい」
 との話があった。
 さらに私から、
 「6月29日に国後、30日、7月1日に択捉を訪問した。韓国企業、中国人の進出を目の当たりにした。私は日ロの共同経済活動は積極的にやるべしとの考えだ。海ですでにしている安全操業を陸でも行うべきと考えている。これが出来れば、北方領土問題も解決できると考えている」
 と話すと、イシャエフ大臣からは、
 「択捉には近代的な水産加工場があるが、国後にはない。日本が100%投資して加工場を建設してくれれば、我々からの特別な支援も受けることができる。日本が来なければ他国が出てくる。台湾、香港、中国、韓国だ」
 との答えがあった。
 私から、
 「日本が参入するには特別な枠組みが必要だ。日本の立場、ロシアの立場、お互いの立場を害さない枠組みを作らなければならない」
 と話すと、イシャエフ大臣から、
 「鈴木氏は良くご存じだろうが、ロシアは日本に対していくつか近寄るステップを踏み出した。例えばソ連邦時代は、『領土問題はない』と言い続けてきたが、ロシアはその存在を認めた。エリツィン大統領はビザなし交流を認め、海での経済活動を認める体制も作った。
 それは、ロシア側の最高責任者に日本との関係の発展を目指す熱意があったからだ。私たちは日本側からも同じ姿勢が見られることを期待する。
 日本のやり方は面白い。例えば、石油ガスの計画に参加するか否かと言われればイエスであり、海産物の加工プロジェクトもイエスた。しかし他については『平和条約がないからダメ』とノーと言う。不可解な態度だ」

 との回答があった。
 私からは更に、
 「エリツィン、プーチン、メドベージェフ、そしてプーチン大統領は『領土問題はある』とし、話し合いで解決すると言っている。このことは世界が見ている。これを尊重しなくてはならない。  私は、領土問題は領土問題として話し合いをし、経済活動は経済活動として進めていくのが現実的と考える」
 と述べた。
 他には、夕食懇談会の場でガスパイプライン、北朝鮮問題、日本の政局等について話し合った。それぞれについて極めて興味深いお話を、イシャエフ大臣から伺うことができた。
 最後に私から、今後も定期的にイシャエフ大臣と会合をもって行きたい旨お願いすると、イシャエフ大臣からは、
 「全く同意する。ハバロフスクでもモスクワでも、どこでも結構だ。お互いの都合に合わせて、これまでの信頼関係に則って、より良いミーティングをしていきたい」
 との言葉を戴いた。
 12年ぶりのハバロフスクは、見違えるほど街も整備されており、新しい息吹が感じられた。これもイシャエフ大臣が知事時代から努力されてきた賜物であろう。
 イシャエフ大臣との長い人間関係が継続されてきたことを、心から嬉しく思った次第である。

アムール川をバックに

〔アムール川をバックに〕



イシャエフ大臣と会談①

〔イシャエフ大臣と会談①〕



イシャエフ大臣と会談②

〔シャエフ大臣と会談②〕



会談を終えて①

〔会談を終えて①〕



会談を終えて②

〔会談を終えて①〕



夕食懇談会

〔夕食懇談会〕



鈴木宗男

2012年7月23日(月)

 森元首相が次期選挙には出馬しないとの報道に驚き、早速電話をする。淡々とした言い振りに、さすが森元首相だと思いながら、私としては何となくポッカリ穴の開いたような思いである。
 お話しをしながらも日露関係については大きな関心と情熱を持っておられた事に救いを感じた。これからもご指導を戴きたい。
 かつて竹下登先生は最後まで生き残った者が勝者だと良く言われたが、昭和44年初当選組で残るのは小沢一郎先生だけとなる。どの世界にも言える事だが、世代交代は世の習いである。その中で生き、結果を残すしかない。
 オスプレイが岩国基地に到着したが、安全性がきちんと確認されてから運ぶべきでないか。アメリカのやり方に黙っている防衛官僚の姿勢を沖縄県民は腹立たしい思いでいる事だろう。政治がないとつくづく感じてやまない。
 オスプレイの配備が1ヶ月、2カ月遅れたところで世界情勢に与える影響があるのか。冷静に考えて事を進めた方が無駄なエネルギーがかからないと思うのだが。
 岩国での訓練、そして沖縄への移送を注目して参りたい。

鈴木宗男

2012年7月22日(日)

 昨日テレビ東京、田勢さんの「週刊ニュース新書」で松山千春さんの衆議院選挙出馬について7月14日、札幌での私のセミナーでの千春さんの挨拶を話したところ、松山さんの事務所にも私の事務所にも問い合わせが来た。
 今日の全国紙、スポーツ紙も松山千春さんの出馬について大きく扱っている。さすが松山さんの存在感は違うと改めて思いながら、新党大地の命名者であり「心友」である千春さんに心から感謝するものである。
 しかるべき時に松山さんが大きな決断をして下さる事を心から願うものである。
 昨夜、秋田県能代市長さんに招かれ第10回港祭り能代の大花火大会に出席。絶好の花火日和にも恵まれ、圧巻の花火ショーだった。人口6万の能代市に21万にものお客さんが駆けつけたとの事である。一つのイベントが街おこし、活性化に大きな役割を果たす事を教えられた。
 今日は市長ご夫妻に案内され、世界遺産白神山地を見せてもらった。
 新党大地の理念である「大地に還り、大地に学ぶ」を先月の知床に続いて実践させて戴いた。
 森の巨人たち百選になっている白神のシンボル樹齢400年のブナを見ながら、自然の尊さ、凄さ、歴史を感じる時ただただ頭を下げるのみだった。
 貴重な新しい発見、経験をする事が出来有難い限りであった。








鈴木宗男

2012年7月21日(土)

 11時半からテレビ東京の田勢康弘さんの「週刊ニュース新書」に生出演。新党大地の立ち位置・小沢新党の事・地域政党の連携・松山千春さんの出馬について等聞かれる。現時点における私の考え認識を話させて戴く。
 新党大地、鈴木宗男は堂々と「大地に還り、大地に学ぶ」の旗を高く掲げて「自然を敬い、調和して行く」「格差の是正」「公平公正」を基本理念とし「道義」「信義」「節度」を重んじ、先人から引き継いだ文化と伝統を守って行く。確固たる信念を持って立ち向かう。
 今、ブレる政党、政治家の多い中で新党大地はブレない政党として歩んで参りたい。
 今週の週刊新潮に大きな見出しで松山千春さんが取り上げられている。さすが、千春さんの存在感は違うと改めて思った。
 松山千春さんと人生一緒に歩んで来れた出会い、巡り合せ、ご縁に感謝の気持ちで一杯だ。
 来たるべき時に向けて、しっかり体制を取って行きたい。

鈴木宗男

2012年7月20日(金)

 野田首相はロンドン五輪開会式出席を断念したと報じられているが、2020年夏季五輪を東京に招致する上でも、国会の理解を得て出席すべきではなかったか。
 自民党の世耕弘成氏が「『消費税法案に』政治生命をかけるならなぜ五輪には行かないと言わないのかと強く反発」(毎日新聞朝刊3面囲み記事)とあるが、大局観に立った意見とは思えない。
 野田首相がいなくとも首相代理・副総理・財務相等、閣僚は居るのであるから、自民党も大人の対応をすべきでないか。「この様な視点での声が自民党の支持が広まらない要因だ」と言ってきたマスコミ関係者の話に頷くものである。
 玄葉光一郎外相が27日訪露し、ソチで28日ラブロフ外相と会談すると出ている。6月の日露首脳会談を踏まえ、しっかり結果を残す外交を期待したい。聞くところによると野田首相が話された秋田犬を「メチタ」(夢)という名前を付けてプーチン大統領にプレゼントすることも外務官僚は考えている様である。上手く行く事を願ってやまない。「夢」でなく未来につながる展開を待ちたい。

鈴木宗男

2012年7月19日(木)

 大津市で昨年10月、市立中学の男子生徒がいじめにあい、自殺したとされる件が社会問題となっているが、自殺から約10ヶ月近い時間が経っている。この間、市・学校・教育委員会は何をしていたのだろうか。もっと命の尊さ、重さを考えるべきでなかったのか。
 何よりも亡くなった生徒が不憫(ふびん)である。見て見ぬふりをしていた同級生、先生は居なかったのか、即刻明らかにすべきだ。
 私もヤンチャ者で今となっては、子供の頃いじめたと受け止められる行為もあったかもとふと思う事がある。同時にこれ以上したら、これ以上アクションを起こしたら怪我をするとか問題になるとある程度の自制を持って向き合っていた。今の子供はとことん最後までやってしまう習性がある。これがとんでもない不幸をもたらしてしまう。
 どこの世界でも大なり小なり子供には子供の、大人には大人のいじめがある。生きて行く上でそれを乗り越えて人間形成される事もある。
 人間として生きて行く以上、乗り越えなければならないハードルかもしれない。いじめは良くないし、あってはならない。仲間・友人お互いカバーし合いながら見て見ぬふりをしない事がやはり大事でないか。
 司馬遼太郎さんが21世紀に生きる君達へと言う本の中で「自分には厳しく、他人(ひと)にはやさしい人になってほしい」と書いているが、この思いをもってお互い生きて行きたいものである。
 私は良く計算できない、単位の付かない価値を追い求めれと話させて戴くが、今こそ一寸した優しさ、思いやり、愛情、慈しみを考えるべきだと痛感する次第である。

鈴木宗男

2012年7月18日(水)

 産経新聞5面、下の方の囲み記事に露首相の国後訪問「許し難い」という見出しに目が止まったので全文引用したい。

 「川端達夫沖縄北方担当相は17日、北方領土返還要求運動都道府県民会議全国会議の西山昌男会長らと都内で会い、ロシアのメドベージェフ首相による国後島訪問について「国民の願いを踏みにじる許し難い行為だ」と強く批判した。西山氏は、北方領土の早期返還実現を求める緊急要請書を提出。川端氏は「疑う余地がない、わが国固有の領土だ。思いをしっかり受け止めたい」と応じた。」


 かつて2年前、メドベージェフ大統領が国後島を訪問し昨年2月7日の北方領土返還要求全国大会で、当時の菅直人首相が「許し難い行為」と発言した事を想い出し、生産性のない外交的でない発言に政治家としての器量と幅のなさと将来性のない事が透けて見える。
 川端氏に問いたい。「許し難い行為だ。わが国固有の領土だ。思いをしっかり受け止めたい」と言うならどの様な知恵・発想・戦略・戦術があるのか。どうして北方領土問題を解決して行くのか示して戴きたい。
 居丈高(いたけだか)に原理原則論を述べても外交には相手がある。責任ある政治家は返還運動をしているのではない、「交渉」をして結果を出さなくてはいけないのである。
 運動レベルの認識しかなく、たまたま閣僚になっただけの政治家の軽い言葉に外交がない。いや外交が泣いていると感じるのは私だけだろうか。
 野田首相の日露関係のダイナミックな発展、北方領土問題解決に向けてのやる気は伝わってくる。
 玄葉外相も現実的解決に向けて動かそうとしている。そうした中で首相や外相の足を引っ張る閣僚が居たとすれば、情けない限りである。
 内閣挙げて、野田首相・玄葉外相を支え、守って行くと言う気概(きがい)を持ってもらいたいものである。

鈴木宗男

2012年7月17日(火)

 昨日、東京代々木公園で「さよなら原発10万人集会」が開かれている。報道では主催者発表17万人、警視庁発表7万人となっているが、どちらが正確な数字かと言う議論は小さな事だ。心ある人たちが何万人も集まり「さよなら原発」を訴えた事に意味がある。この重さを政治家等しく考えなくてはいけない。
 一部政治家と官僚のシナリオ・ストーリーにそった原発再稼働の流れに多くの人が危機感を持っている。
 福島原発事故は「人災」と国会の事故調査委員会は断定した。この事からしても原発再稼働については、より一層の国民への説明責任と情報開示が求められている。念には念を入れた関係者の対応が必要ではないか。
 昨日、旭岳を登って一つびっくりしたのは、普段全然全く運動していない家内が2290.90メートルを登り切った事である。
 途中弱音もはかず、黙々と前を見て一歩一歩進む姿に同行者も驚いていた。「奥さん、いつも運動しているのですか」と言う問いに「私は選挙運動しか運動はしていません」と平然と答えていた。下山の際もマイペースで淡々と下って行った。
 私はいつも「山の神」と言っているが、やはり「山の神」は違うと思った。大自然の頂からの何か言うに言われぬ、見た事のない景色に接しながら、合わせて家内の精神力に頭が下がった。
 これまで様々な出来事があったが家内はしっかり家、事務所を守り、そして何よりも後援会の皆様に感謝してきた。
 不屈の思いで生きて来たと思うが、そのいったん片鱗(へんりん)を見せつけられ改めて脱帽(だつぼう)である。

鈴木宗男

2012年7月16日(月)

 共同通信社が14・15日実施した全国世論調査で、内閣不支持60%、前回より5.7ポイントと過去最高となり、支持は28.1%で前回より1.8ポイント減らしていると出ている。
 又、小沢さんが立ち上げた「国民の生活が第一」に期待するが16.5%、期待しないが81.8%と出ている。
 この数字は他社の傾向ともにている流れである。それでも16.5%期待すると言う声は馬鹿に出来ない数字である。マスコミ・メディアには否定的扱いをされている中でのこの数字である。何かの拍子でブレークする可能性のあるデーターと私は考える。それも小沢一郎代表がどう発信するかにかかっている事ではあるが。
 今日は朝8時から北海道の最高峰旭岳(2291メートル、正確には2290.90メートル)に登り、約2時間かけて頂上にたどり着く。
 頂上からの360度のパノラマは何とも言えぬ神々しさを感じた。十勝連山をのぞみ下界を眺めながら、新党大地の理念である「大地に還り、大地に学ぶ」を実践した思いである。これからも自然に感謝と畏敬の念を持って生きて行こうと手を合わせ下山する。
 新しい世界、境地を知った一日であった。






鈴木宗男

2012年7月15日(日)

 昨夜はセミナーの熱気が残りなかなか寝付けなかった。何があっても「鈴木宗男」と思ってくれる、考えてくれる心ある皆さんに感謝の気持ちで一杯だった。
 その皆さんに大きな夢と希望を与えてくれたのが、松山千春さんである。松山千春さんの「男気」「情」は人間社会のお手本、見本と後援会、支援者はじめ、沢山の人が思っている。
 「心友」松山千春さんの存在は大きい。その松山さんが、昨日大きな決断の話をして下さった。今日、様々な会合で会う人ごとに「千春さんに期待しています」という声が相次いだ。
 嬉しい限りである。北の大地北海道で生まれた新党大地は、北海道から政治の流れを変えていく。
 11時から恒例のウォーク&トーク。札幌駅から大通公園まで、通行人の方々、信号待ちの人達に今の政治の状況を訴えながら、直接対話を行う。観光客も多く、全国から札幌に来ている人と話が出来た事も有難かった。
 泊原発(北海道)再稼働について尋ねると、反対が圧倒的で、倍の数字で原発廃止も同じくダブルスコアだった。脱原発の流れは北海道も同じである。
 新党大地・鈴木宗男は、原発に代わるエネルギーの1つとして、ガスを考える。ガスと言えばロシアである。北海道のそばにあるサハリンから、更にはシベリアからガスパイプラインを引いて代替えエネルギーにするのが現実的である。
 新党大地は、平成17年結党の時から、党の理念、綱領に、ロシアとの重要性を指摘してきた。その考え、読みは間違ってなかったと自負している。誰よりもロシアとかかわってきた者として、日本の将来の為にも、新党大地としての役割を果たして参りたい。












鈴木宗男

2012年7月14日(土)

 13時から新党大地・鈴木宗男「第7回北海道セミナー」を開催。全道各地から1,800名もの人が参加して下さる。
 昨年9月17日のセミナーには、私は収監中で、私不在での開催であった。その時セミナー発起人代表の松山千春さんが、土下座をして皆様方に感謝の意を表したと、家内から手紙があり、私はただただ涙したものである。
 今日は、私の挨拶の冒頭に、昨年の分も合わせて今日出席して下さった皆様と、松山千春さんに、土下座をして私は心からのお礼と感謝を示させて戴いた。改めて、松山千春さんとご出席戴いた皆様にただただ、頭の下がる思いで一杯だ。
 昨日は、北海道議会議員、市町村議会議員による「ムネオ塾」を120名もの入会を頂き、発会することも出来た。新党大地の輪が全道にネットワークを広げている事を表している。
 そして、今日のセミナーである。松木けんこう衆議院議員、石川知裕衆議院議員、浅野貴博衆議院議員、平山誠参議院議員、横峯良郎参議院議員、5人の同志も駆けつけて頂き、花を添えてくれた。出席者も5人のそれぞれ持ち味の違った挨拶に、満足してくれた事だろう。
 何よりも、セミナーの発起人代表の松山千春さんが、来るべき選挙「自分が先頭に立って闘う。どこの選挙区かは決めていないが、鈴木宗男の代理は自分が果たす」と力強く宣言してくれた。何よりの大きなプレゼントを戴いた思いである。出席者も万来の拍手で答えてくれた。
 新党大地の命名者である松山千春さんの重い一言に、私も感激した。地域政党のファーストランナーである新党大地が、新しい政治の流れを作っていきたいと決意するものである。
 経済的にも厳しい環境の北海道で、心ある多くの人がいることに心から感謝しながら、「北海道から日本の政治を変えていく」「明日の日本をつくる北海道」としっかり訴えて参りたい。
 ご出席、ご協力賜わった、心ある皆様に心から心から感謝の気持ちでいっぱいだ。
 人間関係は、ありがたいものとつくづく感じた一日である。








鈴木宗男

2012年7月13日(金)

 毎日新聞2面に民主党は離党した衆議院議員の地元選挙区に「刺客」と言う見出し記事があり「11都道府県連が対立候補確立の検討を始めている」と書いてある。
 当然北海道も入っているわけだが、新党大地・真民主はさまざまな構図を想定しており、織り込み済みである。
 平成17年、新党大地を立ち上げてから4度の国政選挙と2度の統一地方選挙を経験し、圧倒的な安定した得票を戴いている。
 北方領土問題の解決・ロシアとの協力連携によるエネルギー資源の安定供給確保・アイヌ民族の権利確立、政治は弱い人の為にある。自然への畏敬、感謝等、新党大地の訴えをしっかりして行く。「民主党北海道が無駄なエネルギーを使う事によって、北海道12小選挙区全体に大きな影響が出ることを考えるべきでないか」と言ったマスコミ関係者の声に、内心「その通り」と同調するものである。
 東京新聞25面、本音のコラム金曜日担当の佐藤優さんの「再活性化」に教えられること大である。参考までに全文掲載したい。

 「首脳会談後には記者ブリーフィング(説明)が行われる。記者会見が公式発表の場であるのに対してブリーフィングは、事情説明だ。従って、会見よりも踏み込んだ内容について説明する。マスメディアはブリーフィングの内容を基にして報道を行う。
 6月18日(日本時間19日)、メキシコのロスカボスで行われた日露首脳会談において「両首脳は、領土問題に関する交渉を再活性化することで一致」と日本外務省は発表した。首脳会談で「再活性化」という発言を野田佳彦首相もプーチン大統領もしていないという一部の報道を受けて5日、藤村修官房長官は「その言葉を使ったかどうか精査をしたところ、なかった」と「再活性化」という発言がなかったことを認めた。ただし意味としては再活性化なのでブリーフィングに問題はないという認識を示した。
 ブリーフィングにおいて記者からの「再活性化はどちらが出したのか」という質問に対し、長浜博行官房副長官は「領土問題は野田総理から申し上げ、再活性化をはかるというのも日本側の発言である」と答えた。長浜副長官は外交の専門家ではない。同席した2人の外務省幹部(小寺次郎欧州局長、原田親仁駐露大使)の振りつけに従って説明しただけだ。外務官僚の情報操作によって国民の知る権利が損なわれた。」

 これまでに再活性化と言う発言はなかったことは明らかになっているが、同席していた外務官僚幹部に触れる話はなかった。
 私は小渕総理の内閣官房副長官として、再々何回も首脳会談のブリーフィングをしたが、正確を期すことを心掛けて行った。
 読者の皆さんはこの外務省のフライングをどう受け止められるだろうか。いずれにせよ国益を考えて国民に対する説明責任を果たして戴きたいものだ。
 夕方の便で札幌に向かう。18時から道・市・町・村議員を対象にしたムネオ塾の発会式に出席。
 全道各地から同志が集まって下さった。次回からは今回の現職を含め、政治家志望の人達にも間口を広げ、幅広いムネオ塾にして行く事にする。
 ステップバイステップで、間違いない積み重ねをして参りたい。

鈴木宗男

2012年7月12日(木)

 11時過ぎに昨日新党を立ち上げた「国民の生活が第一」の小沢代表はじめ、役員の皆さんが国会内の新党大地控室に挨拶に来られる。
 私から新党のお祝いを申し上げる。小沢代表は物をとる時、ヒネってしまったと腰をさする余裕があった。
 国民の主権、地域主権、国家としての主権確立を昨日打ち出したが、今後、具体的にどうしていくのか、次の一手を国民は待っているのではないか。いずれにせよ、小沢代表の一挙手一投足が注目されることだろう。
 新党大地もしっかり「大地に還り 大地に学ぶ」を実践して参りたい。
 昨年3月11日以後、この新党大地の理念は間違っていなかったと自信を持つものである。
 自然との共生、自然への畏敬の念、自然によって生かされていることを誰しも考えるべきである。
 堂々と新党大地の訴えをして参りたい。

鈴木宗男

2012年7月11日(水)

 小沢一郎先生の新党が立ち上がった。新党名は「国民の生活が第一」。
 政権交代の原点に帰るとの思いで付けた名称なのか、これから国民世論がどう評価、判断していくか注目したい。
 昨年12月28日、新党大地を全国政党(公党)にした際、私は世論を気にした。「仮釈放になったばかりの鈴木宗男は反省がない、何を考えているのか」という反発を危惧(きぐ)した。ところが事務所には「さすが鈴木さんだ。今の政治に必要なのは鈴木さんのような行動力とバイタリティだ。他の政治家も見習うべきだ」と大変多くの激励を戴いた。
 私の心配は全くの杞憂(きゆう)だった。その流れは今も続いており、お蔭様で今年に入って講演回数は50回を超えている。
 小沢一郎先生が今後どう発信して行くのか。ニコニコして週一回、小沢先生自身が記者会見し、一日一回ぶら下がりに応じ、どんな日本を作って行くのか大所高所の話をすれば期待感は、いやが上にも高まるのではないか。私から言うのは僭越(せんえつ)だが、国民の理解を得るのが一番である。
 いずれにせよ政治は動いている。新党大地も遅れを取らないよう、しっかりやって参りたい。
 17時半から有楽町マリオン前でウォーク&トークを行う。沢山の人が足を止め、耳を傾けて下さった。
 「増税の前に国会議員の定数削減、給料130万を85万、3分の1カット、550万のボーナス廃止、国家公務員の2割削減、特権的待遇の見直しをすべきだ」と話すと皆さん頷き、拍手である。
 新党大地の訴えは理解されていると自信を持った次第である。又「消費増税は将来年金を間違いなくもらえる仕組みにする。社会保障の財源、裏付けとして必要だと言って来たのに、社会保障は棚上げし税率アップだけ先行して決めるのはスジが通らない」と訴えると、同様に大きな賛同をしてくれる。国民目線に立ち、国民の思いを大事にして声なき声を聞く新党大地としての歩みをして参りたい。










鈴木宗男

2012年7月10日(火)

 国民年金加入者年収100万円以下54%、収入なしは24%という報道に驚く。厚生労働省の調査で明らかになったものだが、これほど貧困層が拡大したのは政治の責任である。
 小泉政治以後の弱肉強食、格差が差別化され国民はやる気を失ってしまった。かつての日本の財産であった勤勉性は消え、生活保護に頼っている人も多くなっているのが現実である。
 働く尊さとやる気を与える政治が必要だ。新党大地は叩き上げ集団である。「努力した者が必ず生きていける。十分ではなくても報われる」そんな社会にしたいと強く決意するものである。
 特に若者に希望と夢を与えて行きたい。働く喜び、勤労の尊さと意義を私なりの経験からも訴えて行きたいと考える。
 袴田事件の第二次請求審で静岡地裁は9日、検察・弁護側双方が推薦したDNA鑑定人2人の尋問を行う事が決まった。
 報道によると尋問は10月19日以降と複数回非公開となっているが、袴田さんの体調、おかれている状況は楽観できるものではない。
 一日も早く袴田さんの無罪を証明できるよう関係者は尽力すべきである。

鈴木宗男

2012年7月9日(月)

 アフガニスタンの復興に関する国際会議で来日中のクリントン米国務長官は玄葉外相との会談で、オスプレイの普天間配備を予定通り進めると表明している。
 「沖縄に配備すれば日本の防衛に貢献する。人道支援や災害対策の任務も行える」と強調したと報道になっているが、その前にオスプレイの安全性、何故事故が起き米軍兵士が死んだのか。防衛とか人道支援など他人事みたいな言い振りに違和感を覚える。
 日米同盟と言う美名のもとに沖縄が差別化され、さらに危険の負担が増す事を私は良しとしない。沖縄にだけ過度な負担を押し付けてはならない。平和の配当は日本全体で等しく責任を持つべきである。
 森本防衛相に言いたい。オスプレイが安全だと言うなら森本大臣の庭に置くなり住宅の側で訓練したらどうか。率先垂範して安全性を確認して沖縄の皆さんの理解を得るのが当然の手続きと思うのだが。
 「サトウキビの政府保証価格・学童疎開船対馬丸の発見・沖縄県道104号線の155ミリ榴弾砲実射訓練の本道移転、北海道受け入れ・普天間基地の名護移設・沖縄サミット開催地決定」等、誰よりも沖縄の事に取り組んで来た私は、新党大地代表として沖縄の皆さんの「思い」「心」をしっかり受け止めて行動、発信して行く。
 ロシア南部クラスノダール地方で豪雨による供水で、150人の死者が出たと言うニュースに接し、早速関係者にお見舞いのメッセージを在京ロシア大使館を通じて伝える。
 それにしても世界中が異常気象に見舞われている。自然の摂理、自然との共生等、国境、人種の色を超えて人間等しく考えなくてはならい。「大地に還り、大地に学ぶ」を一人一人が考えるべきである。
 18時半から河村名古屋市長の減税日本東京事務所開きに出席。
 挨拶の指名を受けたので「地域政党のファーストランナーたる新党大地は北方領土問題の解決、アイヌ民族権利確立の旗を高く掲げて行く。河村市長には北海道選出は考えず、北海道は新党大地にお任せ戴きたい」と話させて戴く。
 これまでも人間関係を大切にやって来たが、これからも横の連携も取って参りたい。

鈴木宗男

2012年7月8日(日)

 NHKの日曜討論で森本防衛相と田中均元外務官僚、前泊沖縄国際大学教授の話に耳を傾けた。
 森本・田中両氏は国際関係に基づく安全保障の重要性等に力点をおく、言わば机上論であり前泊氏は沖縄の思いを語っていた。
 オスプレイの配備が必要だと言うなら、森本氏も田中氏も自分の家の側に持って来る位の責任ある話をしてほしい。
 日米安保の重要性、極東の安全は当然だが日本国民である沖縄県民の命、安全がより大切であり大事だと私は考える。日米安保と言う美名でアメリカの言いなり、押し付けで判断するのは公平でない。
 先の大戦での沖縄の皆さんが受けた筆舌に尽くしがたい事実を、更に戦後の沖縄のおかれた歴史を、さらに今尚日本の1%の所に駐留米軍の74%が集中しているあまりにも過度な現実を考えなくてはならない。
 田中氏は「オスプレイはアメリカ軍人の命にもかかわる事だ」と述べていたが、私は沖縄県民の命、沖縄県民の思いを尊重したい。官僚的、上から目線の物言い、やり方は理解されない。
 田中氏は県道104号線越え実射訓練本土移設をあたかも自分がやったかのような事を言っていたが、腹立たしい限りだ。誰がやったかは沖縄の人が一番よく知っている。官僚の不快さを改めて知った思いである。
 尖閣土地購入問題も沖縄知事、県民を抜きにしての議論はありえない。沖縄県の行政区域に突如東京都が出てきて、札ビラで話を付けるやり方はどう考えても尋常じゃない。
 「国がやらないから」と言うなら先ず沖縄県民に相談するのが筋ではないだろうか。居丈高(いたけだか)に拳を上げるより、冷静に大人のやり方をゲームのルールを考えて対処した方が良いのではと私は思うのだが。
 最近の報道を見る時、刺激的なセンセーショナルな物言いが脚光を浴び、常識的なバランスのとれた話が疎んじられる傾向を心配する。
 今こそ真摯な国民の声が必要である。それを受け賢明な政治が求められているのである。国民から選ばれた国会議員はよりしっかり時代を考えてほしい。

鈴木宗男

2012年7月7日(土)

 5、6日北海道を廻っているとメドベージェフ首相の国後訪問がやはり話題になる。藤村官房長官はじめ政府関係者が「極めて遺憾だ」とステレオタイプで、いつものようにテープレコーダー的な言い回しで抗議したふりをしている。
 私からすれば「日本の固有の領土にようこそ。北方領土はアイヌ民族が先住民族です。アイヌ民族は日本の国民です。歴史・文化に触れて下さい」とメッセージを送った方が良いと思う。
 日露両国の最高首脳が「北方四島は未解決の地域」と認め、法と正義に基づいて話し合いで解決する事で合意している。神経質な対応より大人の対応をした方が国益にかなうと思うのだが。司々(つかさつかさ)の人は胆力を養ってほしいと願ってやまない。
 朝7時40分羽田発で小松に飛び、10時半より講演。政局や日露関係、鈴木宗男の人生観について話させて戴く。
 多くの人から権力に負けないで頑張って下さいと激励を戴く。民間企業の安全大会に招かれての講師だったが、皆さん熱心に耳を傾けて下さり有難い限りであった。
 石川県にもそれなりの人間関係があり大事にして参りたい。北海道出身の人も何人かおり、嬉しい限りだった。
 夕方、東京に戻る。

鈴木宗男

2012年7月6日(金)

 北海道新聞3面に「『再活性化』発言なし」と言う見出しで「日本政府が『北方領土交渉の再活性化で一致』と発表した6月の日露首脳会談で、両首脳が『再活性化』との言葉を使っていなかったことが5日明らかになった」と書かれている。
 国民に対する説明責任を外務省ははっきりさせるべきである。嘘の表現をして、その場しのぎ的対応は許されない。
 「日本外務省幹部は同日『再活性化』との表現について『会談での合意事項を一言で簡潔に説明するためだった』と(北海道新聞6日3面)と釈明している。
 首脳会談の記録は正確に伝わるのが一番である。外務官僚の小細工はいらないのだ。昨日の産経新聞・朝日新聞、今朝の北海道新聞とそれぞれが国益を考えての論調と私は受け止める。外務省はしっかり説明責任を果たすべきである。
 国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会は最終報告書を衆・参両院議長に提出した。
 事故は「自然災害ではなく明らかに人災だ」となっている。菅首相はじめ関係者の責任は重い。特に菅首相の対応がどうだったか。国政調査権を持って国会は明らかにすべきである。どう考えても昨年、3月11日以後の菅首相のやり方、判断は誰しも「これでいいのか」「大丈夫か」と言った不安を持った事だろう。
 総理大臣と言えども、間違っていたら法の下の平等で公平・公正に罰せられて当然である。国会議員与野党の別なく、きちんと取り組んでほしいものである。

鈴木宗男

2012年7月5日(木)

 産経新聞1面トップに「領土交渉『再活性化』言及なし。6月、日露会談実態と違い」と言う見出し記事に目が止まる。
 3日に野田首相と会った際も、首脳会談について説明を受けたが野田首相の発言、プーチン大統領の発言を表に出せるものは極力出して国民に情報開示すべきである。
 プーチン大統領が「未解決の問題がある事は理解しており、これについても話し合いを継続する用意がある。自分としては日露関係においては長期的相互利益を念頭に極東地域などの地域及び全体の強力を発展させて行く事が両国の国益に合意すると思う」と述べたと言われるが、ここでの「未解決」と言う表現は、ブレジネフの表現であり「長期的相互利益」と言う表現は、橋本龍太郎総理が経済同友会で「信頼・相互利益・長期的視点」と述べたのと一致する。
 これに対し野田首相は「日露関係については新たな次元に高めるための決意を持って実施して行く」と答えたと聞く。
 こうした中身のある話を国民に知らせるべきである。あわせて両首脳が言ってもいない「北方領土交渉の再活性化」などと言う表現を外務官僚が使う事は、国民を馬鹿にした話である。
 更に長浜官房副長官、山口外務副大臣、原田大使、小寺担当局長が同席していながら、プーチン大統領が野田首相に「オリンピックに行かれるか」と尋ねたのに対し、野田首相は「恐らく難しいと思う」と答えたそうだが、ここは「プーチン大統領が行かれるなら私も一緒したい」位の返事を側にいる者はアドバイスすべきである。この点、何故気が付かなかったか残念である。明らかにプレイヤー不在と言えるだろう。
 官邸はじめ外務官僚は裂帛の気合で野田首相を支える「気」を持って戴きたいものである。
 今朝の産経新聞一面トップ記事は、とても勉強になり参考になったものである。

鈴木宗男

2012年7月4日(水)

 ロシアのメドベージェフ首相が国後島を訪問した事に対し、藤村官房長官が記者会見で遺憾表明している。
 日本の立場、ロシアの立場、それぞれある。ここは冷静に対処する事が大事である。
 日露両国の最高首脳が北方四島は未解決の地域として認め、法と正義に基づき話し合いで解決する事で合意している。
 ロシアは、外交は大統領、内政は首相と明確にすみわけされている。内政の責任者であるメドベージェフ首相は、クリル社会発展計画の進捗状況、予算執行の実現性を確認するため国後島を訪問した事は、ロシア側から見れば何も日本に言われる筋合いでないと言う事になる。
 一方、日本は日本の立場として何か言わなければならないという官僚的頭作りで、ステレオタイプの発言になってしまう。
 少しは意識改革し、前向きにとらえ「ロシアの首相が日本の固有の領土を見てくれる事は有難い。北方四島はアイヌ民族が先住民族です。アイヌ民族は日本国民です。どうぞ歴史、文化をよく見て下さい」と言う位の腹の座った発想を持っても良いのではないか。
 それにしても不思議な事がある。昨日、野田首相と会った際「森元総理が間もなく訪露する予定である」と野田首相が言ったら、プーチン大統領は「ヨシはいつ来るのか」と、身を乗り出してきたと教えてくれた。
 この事を外務官僚はブリーフで国民に知らせていない。又、外務省ブリーフで活性化とか静かな環境と言う表現をしているが、どの文脈でどちらが言ったのか外務官僚のすり替えのブリーフィングと受け止められる点がある。
 昨日の総理とのやり取りはじめ、私の知り得ている情報では首脳会談で、プーチン大統領は「未解決の問題がある事は理解しており」と言う表現であり、野田首相は日露関係については「新たな次元に高めるための決意を持って実施して行く」と発言されたと聞いている。
 これからおいおい明らかになって行くと思うが、嘘つきに良い外交はできない。何より国民あっての外交である事を肝に銘じなくてはならないと思うものである。

鈴木宗男

2012年7月3日(火)

 涼しい北方四島から5日振りの東京は暑く感じる。
 11時過ぎから総理官邸で野田総理に国後島・択捉島の現状をお伝えする。クリル社会発展計画が着実に進みインフラ整備等、目を見張るものがあり島のロシア化は考えていたよりは遥かに進んでいる。
 一日も早く共同経済活動を日本が行う事が、日露関係のダイナミックな発展につながると総理に話す。
 野田総理も日本の法的立場を害さない中で何ができるか考えて行きたいと述べられたので外務大臣はじめ、関係者に是非ともお話し戴きたいとお願いする。
 13時半に小沢元代表と面談。報道等で「統一会派」の件が流れているが、新党大地は地域政党のファーストランナーとして新党大地の旗をこれからも高く掲げて参りたいと申し上げる。
 小沢元代表もわかったと気持ちよく了解された。私の意向、考えでない話が独り歩きするのが一番やっかいな事だが、私は誰よりも信念を持ってブレないで生きて来た者として、スジだけはきちんと通してこれからも活動して行く。
 鈴木宗男の背中を見れ、いや鈴木宗男の背中を見ようと言われるように。

鈴木宗男

2012年7月2日(月)

 朝6時(日本時間8時)古釜布に着き出域手続きをし、7時(日本時間9時)出航。11時45分根室港に到着。
 北方領土用新造船「えとぴりか」は、前使用していた船より約3倍大きく、出力もあり時間的に随分短縮できた。船は良くなっても北方領土の距離は小泉政権後「空白の10年」と言われるままである。
 日露関係のダイナミックな協力連携が世界の安定にも資するものと考える時、私は私の立場で経済協力、領土問題解決に向けて行動して行く。
 なるべく早いうちに総理、外相に北方領土の現状をお伝えしたいものである。
 小沢一郎元代表が民主党を離党した。小沢先生らしい決断である。自民党幹事長時代、都知事選挙で公明党の鈴木俊一知事の多選批判に乗り、都連とぶつかり負けた時も小沢幹事長の責任ではなかったが、サッと身を引いた。
 平成5年政治改革の時も自民党を出、連立政権を樹立した。そして今度である。
 人生を賭けた闘いに挑む決意なのであろう。70歳、古希の節目としてどんな動きをするのか注目して行きたい。

鈴木宗男

2012年7月1日(日)

 択捉島2日目の上陸も好天に恵まれ、予定通り行う事が出来た。紗那の街の道路沿いで清掃をしているので聞いた所、メドベージェフ首相が来るからだと答えていた。ウラジオストックに到着し、3日には来るのではとも言っていた。慌ただしく、いたる所で道路の整備もしていた。
 幼稚園、ディーゼル発電所を視察したが、クリル発展計画の進渉状況ばかり聞かされ、ビザなし交流は何処へ行ってしまったのかと思うくらいである。ギドロストロイの別飛びの工場・海岸温泉、島民は勿論、施設者にも無料で使用させるスポーツ施設を見ながらも、ここではギドロストロイ社でもっているような気がするほど圧倒的影響力を感じた。
 改めて島のロシア化を、しみじみ思った次第である。
 やはりここは意識改革をして日露共同経済協力等具体的に進めて行く必要がある。
 原理原則だけにこだわっていると、北方四島での日本の出番はなくなると痛感した3日間だった。
 ただ天気がとても良かったことが救いであり、一つの望みを感じさせる自然の日露関係の配慮に感謝した次第である。

〔日本人墓地を墓参〕



〔ギドロストロイの体育館でトレーニング〕



〔ギドロストロイ体育館管理者に質問〕



〔住民の方々と談笑 メドベージェフ大統領訪問に向けて清掃中〕



〔温泉保養地で(1)〕



〔温泉保養地で(2)ちょっと一休み〕



〔夕食交流会で乾杯の音頭を〕



〔オシキナ地区長と〕


鈴木宗男

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