月刊テーミス

平成18年1月号


小泉政権が暴走する「国策捜査」恐るべし

「これは国策捜査なんだから」

日歯連事件が、旧経世会の実質的な崩壊を誘ったとすれば、その前段階として「国策捜査」の先陣を切ったのが鈴木宗男氏の逮捕劇である。02年6月、鈴木氏は「やまりん」という北海道帯広市の林業業者へのあっせん収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕された。その後、鈴木氏は拘留中は起訴事実を全面的に否認し、検察側とまっ向から対立。このため、衆院議員としては戦後最長の437日間にわたり拘留され、03年8月29日保釈された。04年11月に東京地裁から懲役2年の実刑判決がいいわたされたが、即日控訴。現在、係争中だ。

05年9月の衆院選挙で新党「大地」を旗揚げし、43万票余を得て復活当選した。

この事件を巡っては「500万円程度の受託収賄で逮捕・立件されるとは、検察の行き過ぎではないか」と、眉をひそめる司法関係者もいた。鈴木氏は外務省のロシア外交を巡る利権絡みで「疑惑の総合商社」などと辻元清美衆院議員(後に秘書給与不正受給容疑で起訴、懲役2年、執行猶予5年の判決)から批判を浴びせられ、国民世論の間にも「鈴木=巨悪」というイメージが出来上がっていった。こうした空気を検察側が読み取って在宅起訴ではなく、国会の許諾請求を行い、鈴木氏の逮捕に踏み切ったと見られている。

鈴木氏は近著「闇権力の執行人」のなかで、検察の自分に対する取り調べをずばり「国策捜査」といって批判する。自分のケースが国策捜査であることを検察官からはっきりいわれたことがあるというのだ。鈴木氏は「やまりん」で別件逮捕されたが、本当は「三井物産」の件で立件しようとしたのではないかと、検察官に問い質したとき、その検察官はこういったという。「世論に押されてやりましたが、マスコミに出たもので何ひとつ事件にすることができませんでした。しかし、それが捜査というものです」

これを聞いて頭に血が上った鈴木氏は「ふざけるな。国策捜査じゃないか」というと、検事はあっさりと認めて、「はい、権力を背景にしておりますので、そう受け止められるのなら、そのとおりです」と平然と答えたという。

外務省で「鈴木と親密な関係」と噂されていた佐藤優元主任分析官も偽計業務妨害罪で東京地検に逮捕・起訴された。05年2月に懲役2年6か月執行猶予4年の判決が下されたが、佐藤氏も即日控訴した。彼はこの事件を振り返り、「国家の罠」を出版。そのなかで検事とのこんなやりとりを書いた。

検事 「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は「時代のけじめ」をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」

佐藤 「見事僕はそれに当たってしまったわけだ」

検事 「しかし、法律はもともとある。その適用基準が変わってくるんだ。特に政治家に対する国策捜査は近年驚くほどハードルが下がってきているんだ。一昔前ならば、鈴木さんが貰った数百万円程度なんか僕も問題にしなかった。しかし、特捜の僕たちも驚くほどのスピードで、ハードルが下がっていくんだ。今や政治家に対しての適用基準のほうが一般国民に対してよりも厳しくなっている。時代の変化としかいえない。

驚くべき証言だ。「巨悪は眠らせない」という一昔前の検察とは違い、「小悪」であっても国民の目に不正を犯していると映る政治家に対しては、強権発動していく時代となった。

鈴木氏は改めてこういっている。

「国策捜査というと、官邸から特別な指示が出て検察が動くと考えがちだが、実はそうではない。もちろん、官邸を含めたあらゆる組織は、それぞれ思惑を持って動いている。そして、現実には新聞記者などを通じて自分たちの考えを相互に伝達しようとするのだ。また、そこには検察や世論や政治の動きに過敏になっているという事情も関係している。世論や政治の動きに敏感になっている原因は、捜査能力が低下しているからだ」

村上正邦氏を支えた「精神力」

折りしも12月19日、ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(KSD、現あんしん財団)を巡る汚職事件で受託収賄罪に問われ、一審で懲役2年2か月の実刑判決を受けた村上正邦被告の控訴審判決が東京高裁で下された。裁判長は「請託があったと判断した一審判決は正当だ」として控訴を棄却したが、村上被告らは上告した。

控訴審は故古関忠男・元KSD理事長が「『村上起訴に協力してくれ』と拝み倒す検事の求めと、『検事に協力したほうがいい』という弁護士の助言に従って嘘の供述、証言をした」と爆弾証言をしたことが注目されていた。しかし、判決はこれを「まったく信用できない」と退けた。古関元理事長が05年2月に死亡したことも影響した。

村上氏は判決前、親しい関係者に、「弁護団の真実を追究しようとする真摯な努力と緻密な作業によって、事実を立証する証人、証拠が次々に明らかにされ、法廷において検察側の虚構の壁を崩したのです。私はようやく真実の光が差し込んできたと感じております」と手紙を書いた。

復活の日近づくわれに冬すみれ

こんな俳句を詠むほど、村上氏は検察への怒りでファイトを燃やしていた。実は、先の鈴木氏が437日間、検察官と戦い抜いたのも、村上氏のこんなアドバイスがあったからだという。「(拘置所を)出たいと思ったら負けだ。とにかく、信念を持って闘うしかない。そういう姿勢が大事なんだ」

「国策捜査」に立ち向かうには、並大抵の精神力では通じない。

【平成18年1月号月刊テーミス】 より抜粋

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