週刊文春

平成18年10月19日


新 家の履歴書

生家は北海道足寄町の畑作農家。父はいちばんいい馬を売って、東京に行かせてくれた。

小学校二年の時ですよ、親父の元の奉公先の経営が傾いてしまい、親父は持っておった百町歩の山を担保として貸し出しました。しかし先方は倒産し、親父の山も借金のかたに取られてしまうんです。「あんたは人がいいから」とお袋が愚痴るのを聞いて子ども心に、
「ああ、また始まった」と思ったですよ。しかし親父は一回も言い訳しなかった。
「お世話になった人が困っているのを助けるのが人の道だ」と、愚痴ひとつ言わんかったですよ。

「人には尽くせ」と。ただ、山を見つめてジッとしていた姿を覚えていますので、親父は親父で悔しかったんだと思います。そのうえ、小学五年の時には山から木を切り出す仕事に手を出して失敗するんです。えらい借金ができまして、土地を手放し貯金も使い果たしました。高校三年の時には百五十万円で買ったばかりのトラックを、兄貴が運転ミスで
汽車とぶつかり廃車にしてしまったんです。昭和四十一年の百五十万円は大きかったですよ。でも親父は「兄貴の命が助かっただけでいい」と。

【平成18年10月19日 週刊文春】 より抜粋

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